手


地下鉄道の入り口で
かわきかけたわたしの左手と かみさまの手とを
とりかえた (かわいたわたしの皮膚を、かれはほほによせた)
天国がやってくる日 自分は
ちぎれて昇天する
かみさまの左手にはあおい傷口が
成層圏にまでのびていて


わたしのだった手は、処女のようにはなやいで ひびわれた甲から
汚濁がむせいでいた
線路の向こうから悲鳴がして、1/Fゆらぎが
ゆったりと、今日と明日でゆれている
はざかいのところで きりおとす
ひかり
空が一枚めくれて、きいろい傘が
きのうからおしよせる
かげろうが ふりかかり、
手は宙をとびながら わらっている
  にじみでた膿は、ほのかにきいろい
  昔に、ころんだときに、だれもとってくれなかった手


傘をひろげようとしたところでごおおお、と反対車線がふるえて、息をとめて、それから、きいろい傘は回転し、やわらかな爪は青空をきりおとす
午後には空いっぱいにたおやかな
細菌がとびかう
きりおとす ひるの吐息
をとめて、傘をひろげようとした


地下では
あおい麻酔をうたれて
くらやみがねむっている

或いは
たましいのうらがわに落ちてくる静寂は
そのときたしかにいきたえていた
ホームに立った人影は
トンネルの向こうに 電話をかけていて
黒い足元を 左手がきりおとす


おたがいを見ない母娘 たがいに握った風船は
車窓がすぎていく 天国には気がつかない娘の手の甲はかさついて、わたしによくにている
傘のしたはだれもいない
手のあとが おをひいて



看板の剥げかけたペンキに、かみさまは腰掛けていた
しんせいなものたちは 天高くから
わたしをきりおとす
線路のむこう
赤いひかりがさっととびちった


               2013・1・30

   

  
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