手
地下鉄道の入り口で
かわきかけたわたしの左手と かみさまの手とを
とりかえた (かわいたわたしの皮膚を、かれはほほによせた)
天国がやってくる日 自分は
ちぎれて昇天する
かみさまの左手にはあおい傷口が
成層圏にまでのびていて
わたしのだった手は、処女のようにはなやいで ひびわれた甲から
汚濁がむせいでいた
線路の向こうから悲鳴がして、1/Fゆらぎが
ゆったりと、今日と明日でゆれている
はざかいのところで きりおとす
ひかり
空が一枚めくれて、きいろい傘が
きのうからおしよせる
かげろうが ふりかかり、
手は宙をとびながら わらっている
にじみでた膿は、ほのかにきいろい
昔に、ころんだときに、だれもとってくれなかった手
傘をひろげようとしたところでごおおお、と反対車線がふるえて、息をとめて、それから、きいろい傘は回転し、やわらかな爪は青空をきりおとす
午後には空いっぱいにたおやかな
細菌がとびかう
きりおとす ひるの吐息
をとめて、傘をひろげようとした
地下では
あおい麻酔をうたれて
くらやみがねむっている
*
或いは
たましいのうらがわに落ちてくる静寂は
そのときたしかにいきたえていた
ホームに立った人影は
トンネルの向こうに 電話をかけていて
黒い足元を 左手がきりおとす
おたがいを見ない母娘 たがいに握った風船は
車窓がすぎていく 天国には気がつかない娘の手の甲はかさついて、わたしによくにている
傘のしたはだれもいない
手のあとが おをひいて
*
看板の剥げかけたペンキに、かみさまは腰掛けていた
しんせいなものたちは 天高くから
わたしをきりおとす
線路のむこう
赤いひかりがさっととびちった
2013・1・30