異界/夏の予兆


ああ 夏がよみがえる
文字のうえの陽炎
花を泳ぐ金魚
街を真一文字にはしる水のこえ
母胎にかえる女
同性愛者らが闊歩する道
(コンクリートがてらてらひかる)
    本のページをめくるたびに、その白さが午後の日輪
にとけていく。  が焼けこげたときのようなにお
いが虫のはおととともにおしながされていく今はま
だ季節のかわりめで、多くの私たちはいきることに
さまよっている。螺旋のゆめは時を遡上している。
そのことをかなしくおもうひとはいない、木の葉が
わらうようにゆれている。そのことをかなしくおも
ひとはいない。
女は歌をたどっている
木蓮のうえの子守唄
かけめぐる午後の熱
うつくしいものがいやになるような劣情
からになる赤子
落下する夏祭り
(あゆみをとめられないいのち)
    花ははれぼったく腐りおちてまるで泣き顔のよう。
窓の外にはうらみがましげな赤子の顔がしわくちゃ
    にうつっている。空のうえからはあまりにおおくの
    ものが(宇宙塵、神の恩寵、有害光線、)硝子面に
    はおしよせてわたしたちに立っている場所をおしな
がそうとしている。季節はさらにはやくおしながさ
    れていく。木蓮はゆるやかにふりつもりくうはくを
あまくにおわせている。
食べられない赤茄子
幾何学の汚濁
梅雨晴れの雲にのぞく臓腑
打ち捨てられたいのち
とるにたらないひざし


  とおざかる わたし


 2013年6月 早稲田詩人30掲載


   

  
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