(無題)


目をあけていることととじていることは同じこと
ぼくたちの無色のいのちは生まれたときからずっと箱のなかにつめこまれたまま
雨がふっても、風はふいても、木の葉がみんな腐りおちても、なにも
なにもかもを知らないでいられてとても心地良い


ぼくたちのいのちはあいらしくて、いじらしくて、くるおしい
たくさんのぼくたちがおしあいへしあいをしている箱の中はまるで太陽
あおぐろい胎動につつまれてゆさぶられて硝子も皮膚もどろどろ
いつまでもいつかの傷はひらかず、いつまでもしきはかわらない


宇宙の真ん中に赤子がおちてくる
無数のぼくたちが手をのばして祝福しようとするが、赤子はまるでまぼろしのようにとおざかる
ぼくたちはなににもふれられなくて そうか、ぼくたちははじめからどこにもいなかったのか
無数にひらいた奈落の口のどれかからえんえんと産声が染みてきて、なにかが懐かしい
でもいったいなにが懐かしいのだろう


それでもぼくたちはいた、雨上がりの樹をつたいおちる霧のなか
アスファルトのうえでひからびた蚯蚓の腹のなか
熱をもった僕の手の平のなか
あらゆる星と孤独のなかに息をつまらせるようにして、
苛立たしいほどに待ちわびるようにして
けれどもいつまでもかわるものはなく、大地はぼくたちではなく
ぼくはぼくのいのちをかかえこんだままあてどなくひろがっていく


目をあけていることととじていることは同じこと
首をくくった僕の死体は春風に抱かれ、菜の花の無心さでゆれている
僕にはそれが心地よくて、かっぱりと口をひらいたまま
あまいにおいのからんだ虚無をかっくらっている


2014/5/5発刊『とうめいな息のくるしみ』収録            

   

  
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