亡霊を呼ぶ


風の名まえを置き去って
新月のほうへ逃げつづける魂
食いちぎった夏蜜柑の果汁をすすって日々を過ごした
病室に誰のかげもみあたらない


風の名まえを置き忘れて
とおりを巡る日差し その向こうのほうから
いつかの日々が焼ける 乾いた音がする?
私はもう、あなたの顔を忘れました。
今はただ、見知らぬ店の扉を ノックしようとしているだけ


悪夢をうすらうすらと重ねたように、葉はしげります
ミルフィーユ ほの甘い層を口にしたように
空はかげります あなたの名まえをもう、忘れました 今はただ、開かない扉をノックしようとしているだけ
とん
 とん とん、



丘のうえで誰かがやすらかに眠っています
そっと口づけたはずのあかい魂は、もうどこかとおいところにあって
空のあおじろいところから さざ波のように木霊がやってくるだけ
おおい、まだ目をひらいていますか
おおい、まだ耳をとじていませんか
そして私は胸のなかにポッカリと、穴が空いたのを見つける


  
早稲田詩人33収録


   

  
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